落語ユニバーサルデザイン化推進協会(RUDA)の挑戦

―伝統話芸の共生社会的意義と展望―

春風亭 昇吉(一般社団法人落語ユニバーサルデザイン化推進協会 代表理事)

1. 団体の実像と設立目的

    一般社団法人落語ユニバーサルデザイン化推進協会(RUDA: Rakugo Universal Design Association)は、「誰もが落語文化を享受できる社会」を理念に掲げ、2022年に設立された非営利法人である。代表理事・春風亭昇吉のもと、障害の有無や年齢、言語・文化的背景を問わず、すべての人が伝統話芸「落語」にアクセス可能な社会環境の実現を目指している。

    落語は、説法僧やお伽衆の話芸に起源を持ち、辻噺や寄席を経て、テレビ・ラジオ・レコード・カセット・インターネット配信など、時代ごとのメディアと社会的要請に柔軟に応じてきた。明治維新による社会変革や戦前戦後の混乱もくぐり抜け、常に社会と呼応してきた。
    現代社会が経済成長からウェルビーイング、すなわち一人ひとりの幸福や社会的包摂を重視する局面に移行するなか、落語の本来的な「普遍性」と「柔軟性」はかつてないほど重要な意味を帯びている。
    しかしながら、従来の落語公演や教材は、表現形態ゆえに、視覚障害者・聴覚障害者・日本語非母語話者・発達特性を持つ子ども等に対し、見えないバリアを形成していた。
    RUDAは、こうした「見えない壁」の解消を図ると同時に、社会の多様な価値観やニーズの変化に応じたコンテンツの適正化を進めることで、芸術文化の真のユニバーサル化を推進するために設立された。

 

2. ユニバーサルデザイン落語(UD落語)とは何か

    RUDAが提唱する「ユニバーサルデザイン落語(UD落語)」とは、落語の上演や体験、教材開発において、情報保障・アクセシビリティ・インクルージョンの観点を徹底した新たな芸能実践である。
    その実践内容は、手話通訳・リアルタイム字幕(UDトーク)・点字・触図付き絵本・3Dプリンターによる造形教材・体験型ワークショップ等、多様なアプローチの有機的な連携に特徴づけられる。
    UD落語の根幹には、従来の「一方向的な伝達」から「多層的な参加体験」への転換、すなわち、演者―聴衆―地域社会が芸能を媒介にして共感と対話を生み出す“共創の場”をつくるという明確なビジョンがある。
    落語という伝統芸能のUD化は、文化資産の包摂性を問い直す営みであり、舞台芸術を“健常者中心”の世界から、社会の多様性を前提とした「全員参加型の社会インフラ」へと昇華させるものである。

 

3. これまでの主な活動

    RUDAは設立以来、全国の特別支援学校・盲学校・聾学校・図書館・文化施設におけるUD落語公演・体験会、点字・触図・音声ガイド付き絵本『まんじゅうこわい』等の制作と寄贈、3Dプリンター教材の開発、字幕システム「UDトーク」活用による情報保障型寄席の実践など、多面的かつ先進的な活動を展開してきた。
    近年では、熊本・石川・岡山・東京・姫路など地域性を生かした実地公演、大手メディア・学術誌への寄稿、教育機関・地元企業との共創型社会実装事業の展開、さらには自治体やNPO等との横断的連携も加速している。こうした活動を通して、障害の有無や属性を超えて「ともに笑い合い、学び合う場」を全国各地で創出し続けている。

 

4. 取り組みの意義

    RUDAの活動は、単なる物理的バリアフリー化を超え、「多様性の肯定」と「文化的アクセシビリティの革新」を実現する社会的意義を持つ。
    第一に、落語という伝統芸能自体が本来持っている“異なる立場の人々が同じ空間で笑いを共有する”という本質的価値を、UD化によって最大化し、「違いを認め合い、活かし合う共生社会」の現実的なモデルとなる。
    第二に、障害のある方だけでなく、子ども・高齢者・外国人・発達特性を持つ方等、多様な人々の文化参加を拡張し、“社会的弱者”という枠組みを超えて、誰もが主役になれる文化体験の場を提供している。
    加えて、演者や支援者自身のまなざし・表現観の変革も促し、「文化とは誰のためのものか」「芸術の包摂性とは何か」という根源的な問いに、実践的かつ時代性のある応答を提示している。

 

5. 今後のビジョン

    RUDAは今後も、「誰もが芸術文化にアクセスできる社会」の実現を最終目標とし、

    (1) 全国規模でのUD落語公演・教育活動のさらなる展開
    (2) 落語のユニバーサルデザイン化を推進する多様なコンテンツの研究・開発
    (3) 多言語化・多文化共生を視野に入れたグローバルな教材・メソッドの確立
    (4) 大学・研究機関・行政・企業との連携による“UD芸能”の持続可能な社会モデルの構築

を四本柱に、理論と実践を統合的に推進していく所存である。
    同時に、体験参加者のフィードバックを重視した評価研究、安定的な資金調達と専門人材育成にも注力し、「ユニバーサルデザイン化された落語」を未来世代へ継承するための基盤整備を進める。伝統と革新の両立、包摂と創造の実践――RUDAは、芸能の力で社会の見えないバリアを越える挑戦をこれからも続けていく。